ドラマ方面韓流地理
韓ドラロケ場所やPC関連のこと

三韓時代
「ソドンヨ」の5話に回顧シーンで登場した馬韓。
以前から馬韓の部族がいたエリアがそのまま百済になったのは知っていましたがドラマ内の
馬韓の王から百済への引継ぎのシーンはかなり印象的で残酷なシーンでした。

調べてみたら「馬韓と百濟の文化遺産」について掲載しているサイトがありました。
百済の遺跡はソドンヨのロケ地のある益山エリアが多いことに気がつきました。

チュモンのロケ地も名称は「三韓史テーマパーク」(その場所の羅州も百済のエリア内)なので
百済(馬韓)以外にも辰韓(新羅)、弁韓(伽耶、任那)の撮影も可能な建物の作り方をしてあるということなのでしょう。
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「太王四神記」に登場した北魏
このドラマ「太王四神記」の時代のアジアの勢力図を理解するには
以前紹介したソドンヨのサイトの朝鮮半島、日本、中国の歴史を比較した表
または東アジア2000年の勢力図(Flash動画)を参考にしてください。

概略的にはこのドラマの時代の中国は南北朝時代で
当初は北朝の方は北魏
南朝はの時代となっています。

北魏の説明
華北(中国エリアの北)にそれ以前の東晋の滅亡後に五胡と呼ばれる異民族が侵入し五胡十六国時代に入り
数個の地方政権を樹立。
386年、拓跋氏により北魏を建国。
439年、華北(中国エリアの北)が北魏によって統一された。
北魏以後は華北の王朝を北朝と呼ぶことに。

拓跋氏は鮮卑の部族でその前の三国時代(魏、呉、蜀)の曹操によると似たようなエリアを支配していたので
それと区別するために北魏と呼ぶようです。
(あるいは曹魏の前魏に対して北魏を後魏と呼ぶ。)

タムドクのいた陣営の後ろの地図とは少し矛盾する部分もありそうですが
北魏は勢力範囲を拡大途上している時代なのかもしれません。

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チベットと四川
チベット暴動の後でそれが四川地域に飛び火した理由がよくわからなかったのですが
TBSの番組で少し触れていました。

中国が唐と呼ばれていた時代の七世紀前半に建てられた「吐蕃王国
その時すでに仏教国家の理想を追っていたようです。
その後、モンゴル、元、清と侵攻してこられた時代を経て現在に至ります。
その吐蕃の一部が現在の四川地域にも及んでいたので触発されて今回のようなことに
なったのでしょう。
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フジTV「加藤清正の真実」
昨日の午後に放送された「ザ・ノンフィクション
あまり観る時間帯ではないのですが最初の映像が南大門が燃える映像だったのでそのまま見続けてしまいました。

内容としては
豊臣秀吉の家臣である熊本藩主/加藤清正が朝鮮半島に攻め込んだ文禄の役(壬辰倭乱)で
二人の子供を日本に連れて帰り(拉致)、彼らを日蓮宗の寺に預けて僧侶にしたという話です。
その一人が日延僧侶
ホジュンにも登場した光海君(テソ@チュモンが演じていた役)の弟の臨海君の子供で
李氏朝鮮王の孫にあたります。
ドラマ内では光海君はやさしい感じがしましたが、実際には弟の臨海君を陥れて死刑にさせてしまいました。
(その為、日延は朝鮮半島に帰っても父がいないので帰国を諦めていた。)
博多から京都に渡り高僧となり千葉や江戸にお寺を建立し、また博多に戻ってきたそうです。

もう一人は日遥僧侶(日遥上人)
加藤清正のいた熊本で僧侶になり長崎に移って護国寺を立てる。
加藤清正が亡くなった後も自分を拉致した彼を供養する。
「ザ・ノンフィクション」内では、日遥の子孫の2人が日本を訪れ彼の功績を見つめて
いました。
韓国の彼の地元にも墓があったのが不思議でしたが、それは2002年に熊本の市民団体や仏教会が子孫である余家の墓所に追慕碑を寄贈したものでした。

ホジュンの後半ではこの文禄の役(壬辰倭乱)について、随分時間を割いていましたがその裏に光海君に関連したことでこんな事件があったとは全く知らずにいました。

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広開土王(タムドク)即位後の功績
こちらのサイトに光ヶ土用( = 広開土王)の功績が即位の年(391年を起点)から掲載されています。

これらは三国史記、高句麗本紀(漢文)によるもので広開土王碑とも少し違っています。
また新羅本記、百済本記もあり細かい部分では違いもあります。
こちらを参考にしてください。

1年目は省略されていますがその部分を補足すると
1年目冬(10月)
四面を海水で囲まれている百済の関弥城(クァンミ城)を陥落させた。
となっています。
そうなると島という可能性が高いのでクァンミ城は喬桐島にあったという説を信じたくなります。

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『太王四神記』の出兵
ドラマ内でもややこしいタムドクがどのように領土を広めていったかに関して
詳しく説明しているサイトを見つけました。
ハングルですがその下のコメントとの中間にあるこの文字をクリックすれば
自動的に翻訳されます。
일본어로 보기

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東アジア2000年の勢力図
globe太王四神記』の13話で具体的な地図として登場した西百済
TV画像からはドラマ『海神』でチャンボコたちがいた地域や山東半島付近のようでした。
この地域を調べるために韓国語で検索しても全然ヒットしませんでした。

代わりに見つけたのがこのフラッシュによる勢力地図
自分でも簡単な地図を作図しようとしましたがこれを見てしまうと断念するしかないぐらいパーフェクトな仕上がりです。
右向きの再生ボタンで再生開始です。
主に日中韓の0-2000年間の時代を連続再生してくれます。
しかし肝心な部分でも西百済の文字はなし。
前燕、後燕の地域と一致していますが、このドラマの最後にはこの地名も登場するようなので
その推理も違っていそうです。
シンドンを見ているとモンゴル系民族のことも気になりますがその一時の勢力図を見ると圧倒してしまいます。
また『チュモン』を見るときにも役立つ地図です。

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時代劇と年代
ソドンヨ」のHPの中にTV局を超えて韓国ドラマタイトルと年代を
にしたものがあります。
朝鮮半島だけではなく日本、中国の時代も併記してあるので
今まで見た中で一番参考になる表で歴史が苦手な方でも
違和感なく理解できます。

また(高句麗)百済の王朝のもありますが
「チュモン」の視聴がまだ途中までの方は見ない方がいいかもしれません。

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『世界史の整理』
7年ぐらい前にヨーロッパでの英語の変遷を調べていて参考にするために書店で見つけた『世界史の整理
(肝心の英語の勉強をしないで、英語がどのようにしてドイツ語などから別れていったかが気になってしまいました。)

まとめなので中学と高校の世界史の勉強の中間ぐらいの内容でそれほど詳しくなく、韓国は5ページぐらいで中国は20ページ前後です。古代から現在まで日本史のように連続した流れとして説明されていて非常にわかりやすいです。
サンプルページが偶然にも朝鮮史になっています。
現在の書店での入手状況は不明ですが参考まで。

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高麗王宮跡の共同発掘
北朝鮮の「開城(ケソン)」にある高麗王宮跡が南北で共同発掘という記事を見かけたのですが、なぜ北朝鮮にある王宮跡が発掘できるのか不思議なので調べてみました。

keson_nsこの地は元々は百済「冬比忽城」でしたが、後に支配した新羅に渡り「開城」と呼ばれた。
その新羅も勢力がなくなり918年に後高句麗の都市である江原道鉄原から「開城」に遷都し、高麗王宮となり民族統一国家として出発。
1394年、今のソウル(漢陽)に遷都するまでの間は高麗の都であったとのことです。

朝鮮戦争後に「開城」は北朝鮮側となるが、開城市街地から板門店までの距離は8kmという地理的位置で、現在は「開城工業地区」となっている。
北緯38度線近くで南北離散家族も多く、韓国側の財閥も資金投入してこの「開城工業地区」への進出が始まっています。
今回の朝鮮半島南北鉄道試運転もそういう意味で「開城」までとなったのでしょう。
開城を世界遺産登録しようという目論みもあるようなので重要な作業となります。
映画「ファンジニ」のロケといい、分断された北朝鮮でロケがしたいという韓国側(TV局、映画制作)のもどかしさはあることでしょう。

映画「パッチギ」に歌として登場したイムジン川(臨津江)もこのあたりを流れています。
この地図では省略していますがソウルの町を流れている漢江と金浦市の北東側で合流し
江華郡を通って黄海に流れ込んでいます。
召西奴と百済
old_kudara以前、チュモンのことで調べものをしている時に、召西奴(ソソノ)が百済建国したと書かれているのを目にしました。
『チュモン』の最終回の予告でも召西奴たちが馬で移動していたので史実どおりにその部分の描写があるのかもしれません。
百済の建国は300年代(346年ころ) の筈なのでそれと少し矛盾していると思っていたのですが、それは歴史で習うような大規模な国になった頃の年代で実際は僅かな臣下だけで百済の前進の十済を建国したようです。
(神話上の建国年はBC18年のようです。)
召西奴や沸流、温祚たちがドラマ内で南の国を見てきたといっていたのは船を持ち出していたので現在の済州島や台湾辺りをさしていたのかと思っていました。しかし、そのことからするときっと百済建国の場所辺りだったのでしょう。
(百済として居ついた最初の場所は、それほど南下しているわけではなく現在のソウル付近です。)

Wikipediaに書かれている史実でも朱蒙には3人の子があり、扶余にいたときの子の瑠璃がいて高句麗をついだが、他に沸流と温祚という子がいたとなっています。
(瑠璃が長男となってますが、召西奴の子供が沸流と温祚という部分ではドラマと一致)

その後、百済は新羅に滅ぼされました。旧百済は現在の全羅道辺りで、その影響が未だに続いているようで政治による開発が手厚いとは言えず他とは地域格差があります。
そのことで大統領選挙でも影響がある地域となっているそうです。
朝鮮通信使
朝鮮通信使400周年というニュースをNHKでも放送していました。
ソウルの昌慶宮で、朝鮮通信使の正使、副使、従事官など任命式を行うシーンでした。

日本からもゆかりの地の有志が参加して400年前のルートで
通信使が歩いた約1100キロの道をたどる「ソウル−東京 友情ウオーク」として再現されるそうです。
k_j_tusin
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